高崎山の猿




高崎山のサル酒  伝説

むかしもむかし。ざっと六百年あまりむかしのこと。府内(大分市)の町に、中屋玄通という、しがない商人がおった。
これというほどのもとでもない玄通は、町の酒屋にたのみこんで、わずかばかりの酒をしいれては、きんざいの村むらをまわって売りあるいちょった。

まい日、足をぼうにして、商売にはげむのだが、いっこうにもうからん。玄通ほそれでも、「わしにはほかの商売ができそうにない。いまの商売でしんぼうせんことには、しかたあるまい。」と、酒売りにせいをだしちょった。
ある日、玄通がいつものように酒を背おって、高崎山のちかくの浜辺をあるいていくと、
「キッキイ、キッキイ……。」
サルのなきさけんでいる声がきこえたんじゃと。砂浜につづくむこうの山には、まえまえからサルがすみついちょった。

「それにしても、いつものききなれたなき声とはちがうようじや。」 玄通はくびをかしげた。
「キッキイ、キイーツ。」
身をひきさかれるようななき声じゃ。ただごとではない、そうおもった玄通があたりをうかがうと、一匹のサルが砂浜をころげまわっちょる。
「どうしたんじゃい、いったい。」
玄通がかけよってみると、サルの足に大きなカニが、しつかりはさみついちょった。浜にでてカニにいたずらでもしかけて、はさまれたにちがいない。
「おうおう、これはおおごとじや。いま、たすけてやるで、しずかにせいや。」
玄通はサルの足にはさみついてほなれない、カニのはさみをこじあけ、はなしてやった。

「いいかな。カニもおこれば、こわいもんじゃ。ようわかったか。」
玄通がさとすと、サルはまるで人があいさつをするようなしぐさでおじぎをくりかえして、やがてなごりおしそうに、山へかえっていった。
「きょうは、人だすけならぬサルだすけができた。いいことをしたもんじゃー。」
玄通はその日、一日じゆういい気もちで商売をして、町にかえっていったんじゃと。
 さて、そのつぎの日のこと。玄通が浦辺の村で酒を売りあるいてのかえり道、また高崎山のふもとをてくてくやってくると、
「キッ、キッキイ……。」
サルのなき声がした。
「なんぞまたあったのかな。」
玄通がなき声のするはうをながめやると、きのうたすけてやったサルではないか。よく見ると、サルが手まねきをしちょる。
「どうしたんかの。べつだん、けがをしておるようすもないが……。」
するとサルは、玄通のほうにひょこひょこやってきて、玄通の手をひっばった。どこかへつれていくつもりのようじや。
「これには、なにかわけがありそうじやな。商売もきりがついたことだし、どれ、ついていってみるとするか。」

玄通はサルについていくことにした。サルは玄通のさきに立って、山のほうにむかった。
(いったい、どこへあんないするつもりなんじゃろ……。)サルはときどき立ちどまっては、玄通に手まねきをし、山のおくへおくへとはいっていった。しばらくいくと、うつそうとしげる木ぎのむこうに、大きな岩が見えた。サルは、その岩のところで足をとめた。
玄通がいそいでいってみると、その大きな岩の下から、いかにもうまそうな清水がこんこんとわきでておる。サルはさらに手まねで、玄通にこの清水をのめというちょる。

玄通はふしぎにおもい、ためしにこの清水を手ですくって、口もとにはこんでみた。ぶーんと、いいかおりがするんじゃ。玄通はちょっとなめてみておどろいた。
「おおっ、これは酒ではないか。まことの酒じゃ、酒じゃ。」
ただの岩清水にしか見えないその水は、まぎれもない酒だったんじゃ。しかも、あじもかおりもとびきり上等な酒じゃった。
「そうか、そうか。きのうの恩がえしのつもりで、これをわしにおしえてくれたのな。」

それからというもの、玄通はこの清水の酒をたるにつめては売りあるいた。うまい、うまいと、どこでもたいしたひょうぼんじゃった。
玄通は、くんでもくんでも、つきることない清水の酒で、ついには九州一といわれるほどの大長者になったそうじや。
やがて、玄通の子、宗悦の代になると酒だけでなく、あきないを手びろくひろげたが、それがことごとくうまくいって、京、大阪や堺にまでもやしきをもち、巨万の富をきずきあげたそうじゃ。

玄通がサルにおしえられた清水の酒は(サル酒)とよばれ、いまでもサルの名所の高崎山では、このいいつたえにちなんだみやげとして売られておる。

           偕成社発行   大分県の民話より


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