凍った小田の池




雨乞い池の竜神

湯布院町川西に、山下の池という雨ごいでなだかい池がある。
むかしは、遠く福岡や宮崎からも、たくさんの人たちが雨ごいに来ていたといわれている。

むかし、この池には竜神がすんでいて、石を投げこんだり泳いだりすると、竜神がおこって池があれくるうと信じられていた。この山下の池から少しはなれた飯田高原の飯田村に、千町無田というところがある。ここは、広々とした田んぼが続き、おいしい米がたいへんよくとれる豊かな村であった。
その千町無田に、朝日長者というたいそうな長者がいた。
屋敷はたいへん広く、屋敷の中には、わざわざ川から水をひいた池があるほどであった。川の瀬音がうるさいと長者がしかると、川も長者をおそれて音をひくくする、というほどの力をもっていた。
このような長者でも、日でりだけはどうすることもできなかった。

ある年のこと、長い日でりが続いた。くる日もくる日も、朝からかんかんでりで、草も木も焼けてしまいそうな毎日が続いた。「これではたんぼが干割れてしまう。」
「イネがかれて、この調子では米は一粒もとれまい。」

村人たちのかわすことばといえば、ただただ、いつ雨が降ってくれるか、ということだけであった。けれども、雨の降る気配はまったくなかった。
「山下の池に、雨ごいに行ったらどうかのう。」
「おれたちが行ったぐらいじゃ、雨は降らんじゃろう。」
「こうなったら、長者さまに村を代表して雨ごいに行っていただくほかなかろう。」
 村人たちの話しあっていることが、いつとはなしに長者の耳にはいった。
「しかたがない。わたしが雨ごいに行ってくることにしよう。」
とうとう朝日長者は、山下の他に雨ごいに行くことにした。池についた長者は、「どうぞ雨を降らしてください。このままでは、作物がみんな枯れてしまいます。もし雨を降らせてくださいましたら、お礼にむすめに酒をもってこさせます。どうか雨を降らせてくだ
 さい。」と、池に向かって熱心にいのった。ところが、竜神は、「むすめをこさせるというが、どんなむすめだろう。」と、雨を降らすことより、長者のむすめのほうが気になった。
「どんなむすめか、ひと目みたいものだ。」ある日、竜神は池をぬけだし、飯田高原の朝日長者の屋敷にやってきた。
むすめのすがたをひと目みた竜神は、思わずつぶやいた。
「なんという美しいむすめだ。」
目鼻だちはととのい、におうばかりの美しさだった。

竜神は、むすめのあまりの美しさに、すっかり心をうばわれてしまった。なんとかしてむすめに近づこうと考えた竜神は、若者にばけて長者の家ではたらくことになった。
顔だちもよく、いっしょうけんめいにはたらく若者は、すぐにむすめの目にとまった。いつしかむすめも若者をしたうようになっていった。

ところで、むすめには気になることが一つあった。それは、若者がどこのなんという若者なのか、いまもってなにひとつわかっていないことだった。
「あなたは、どこからきたのですか。せめて、名まえだけでも教えてください。」
とたずねても、若者は悲しそうに口をつぐむばかりで、何も教えようとはしなかった。
むすめはそんな若者の顔を見るのがつらくて、いつしかたずねるのをあきらめるようになった。
けれども、若者のことを知りたいという気持ちは、なくなったわけではなかった。

考えに考えたすえ、むすめはあることを思いついた。
ある晩、むすめは若者の着物のすそに、糸をとおした針をさしておいた。そんなこととは知らぬ若者は、むすめと楽しいひとときをすごした後、どこへともなく帰っていった。
少したってから、むすめはそっとその糸のあとをたどっていった。すると、どうだろう。その糸は、山下の他の中へと続いていたのだった。

むすめは、はじめて、若者が山下の池の竜神であることに気づいた。むすめは、ゆめでも見ているような気持ちで池の面を見ていた。すると、他の底の方から、「あなたは、とうとうわたしのことを知ってしまったのですね。こうなったからには、わたしはもうあなたと会うことはできません。」と、若者の悲しそうな声がきこえてきた。

つぎの日から、若者はふたたびすがたを現すことはなかった。そのかわり、若者がすがたを消して二、三日たってから、村人たちが待ちのぞんでいた雨が降りはじめ、三日三晩にわたって降り続いた。
長者の家はそれからはだんだんとおとろえていって、家族もちりぢりになったということである。

いま、山下の池のほとりには、クヌギ林にかこまれた小さなほこらがあり、竜神がまつられている。田植えのころや、日でりがつづく年には、今でもたくさんの人がおまいりにくるということである。

              文・越智田一男


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