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撮影2009年10月3日
このホームページの管理人は熊本電波高校本科13期生です。
卒業して以来母校を訪れた事がありませんでした、今回47年ぶりに母校付近の様子を撮影に
合志市に住んでいる同級生のH君と懐かしの地と現在の高専を訪ねてみました。
50年近くも経っているのでまるで浦島太郎です、昔あったチャンポン屋さんもラーメン屋さんももうありません。
通りがすっかり変わっています、明和寮も無くなっていてどこがどうだったかはっきりとは思い出せません。
電波高校は 「電波工業高専」になり合志市に移転 更に2009年「八代工業高専」と一緒になり今年10月から熊本高専に
なり それぞれが「熊本高専熊本キャンパス」と「熊本高専八代キャンパス」となったそうです。
当時の校歌 同窓会会員名簿よりコピー
当時熊本市大江町渡鹿に建っていた今は無い「電波高校本館」
門はありますが建物はすべて無くなって熊大の運動場になっています。
門の横に建っている電波高校跡地の石碑
2014年11月27日 菊南温泉ユウベルホテルにてクラス会を開催 ホテルの窓から
電波高校のあった場所は現在 熊本大学大江総合運動場になっていました。
大江にあった明和寮跡地です 管理人はこの地にあった明和寮に3年居ました。
今年10月1日から熊本電波高専と八代高専は再編され熊本高専に熊本キャンパスです
電波工業高等専門学校から今年10月に熊本高等専門学校になったようです
正門
緑色のところが明和寮で他は校舎の建物
シンボルだった大鉄塔は通信実習授業が無くなった為に
アンテナの必要が無くなり解体されてしまい 鉄塔のモニュメントがありました。
私たちの時代はモールス信号のトンツーの送受信実習練習時間が一番多かったのです。
教室の黒板の落書き
学校敷地内にある5階建ての明和寮
寮の一室を見せてもらいました。 管理人が明和寮に入ったときは8畳の部屋に
3年生が2人 2年生が2人それに私が1年生1人の5人でした。