竹田津港 360度


太郎と大ダコ
国東町から海岸線を北へ30キロメートルほど行くと、徳山と大分を結ぶ竹田津港がある。
その湾の入り口に太郎石という大きな石がある。ひき潮のときには、潮であらわれた海草が、大きな石をつつむように頭を出し、みち潮になると海中にすっぽりと姿を消して、深みどりの海流のうずまく魔の暗しょう(海の中にかくれている岩)となってしまう。むかしから、「あの大石のとこは、なにか気味悪いとこじゃから、近づかんほうがいいぞ。」と、村人たちにおそれられていた。

今から数百年ほどむかし。この浜べに太郎という若者とおじいさんが、たったふたりでくらしていた。おじいさんは、孫の太郎に自分の後をついでりっぱな漁師になってもらいたいと、櫓の使い方やあみのひき方、魚のい場所などを教えていた。

太郎はおじいさんののぞみどおりたくましい漁師として成長し、いつしかひとりで漁に出るようになっていた。

ある朝、働き者の太郎は、朝もやのたちこめる浜べで、せっせと漁に出るしたくをしていた。はるか沖の方は、朝もやのなかに海と空が一つになって白んでみえた。風一つないしずかな浜べには、寄せてはかえす彼の音だけが快くひびいていた。
「今日は、しずかないい日だ。きっといい漁があるぞ。」
太郎は、自信ありげにそうつぶやくと、船のしたくをととのえ、沖の方へ向かってこぎ出した。

やがてめざす漁場についた太郎は、さっそくつり糸をたれた。ところがどうしたことか、一とき(2時間)たち一とき半たっても、つれるどころかつり針のえさばなん度もとられ、とうとうつり糸まで切られるしまつだった。時がたつにつれて、太郎はいらだっていった。
このとき、太郎ほ、ふとおじいさんの日ごろのことばを思い出した。
「太郎よ。どげえ漁がねえちいうてんのう、あん湾の入り口ん大石んそべえ行くなや。あっこにゃ、魚は、たしかおる。けんど、もしも命でん捨てどましたら、それこそもとんこもねえからのう。」
けれども、今の太郎にはおじいさんの注意も上の空だった。
「なあに、あん石に行ってつってやろう。命なんか捨てるもんか。」

太郎は急にいきおいづいて、大石の方へ向かって櫓をこぎはじめた。
大石の近くまでふねを近寄せると、なるはどつれるわつれるわ、手を休めるひまもないほどであった。わずかな間に日ごろの何倍という大漁で、太郎はむちゅうで時のたつのもわすれた。

潮の流れにふと気づいたとき、もう日はとっくに西の空にしずみ、あたりは夕やみにつつまれようとしていた。
「もう帰ろうか。」
と思ったそのとき、船がぐらっと大きくゆれた。思わず後ろをふり向くと、今まで見たこともない大ダコが、船べりにべったりとくっつき、今つったばかりのタイに長い足をかけて引き寄せ、今にもとろうとしているところだった。
 「この野郎、よくも……。」
太郎は、とっさに、そこにあった出刃包丁を取るが早いか、あっという間に一本の足を切り落とした。足を切られた大ダコは、ドブンとにぶい音をたて、海中深くしずんでいった。思いがけなく、大きな吸ぼんがいくつもついた何匹ぶんもある大ダコの足をえものにした太郎は、喜びいさんでひきあげた。

家に帰った太郎は、さも得意そうにおじいさんに話した。おじいさんの顔色が、さっと青ざめた。
「あげえまじ、言うち聞かしちょったこつが、 わりゃひとつもわかっちょらんのう。漁の仕事ちいうなあ、なまやさしいこっちゃねえ。
こんつぎからぜったい行っちゃならんぞ。」
と、おじいさんは、太郎にきびしく言いきかせた。

しかし、おじいさんがどんなに言いきかせても、太郎は、あの大漁のうれしさをわすれることができなかった。そのつぎの目も、またつぎの日も、太郎は大漁にうかれ、大石のそばで漁をつづけた。そのたびごとに、一本ずつ切り取ってくる大ダコの足をじまんして喜んだ。そんな太郎をおじいさんだけでなく、村人たちも、「何か、悪いことでもおこらねばいいが……。」と、不安な気持ちで見ていた。

ちょうど、八日めの朝のことであった。今までしずかだった海が、なぜかあれていた。波がまるで白馬のたてがみのようになぎさに打ち寄せていた。きょうも太郎は、おじいさんのとめることばも聞かずに、「だいじょうぶだよ、おじいちゃん。心配することないよ、きっときょうも大漁じゃ。」と、はりきって出かけた。

やがて夕方になり、夜が明け、つぎの日になっても、あのたくましいすがたの太郎と船は、帰ってこなかったという。

            大分の伝説  文:鎌田英俊


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