藤河内渓谷1


吸ケ谷(現在の水ケ谷)の雪女郎 伝説
300年ものむかしの話。
宇目の里から、ずうっとふかく、木だちをわけいったところに、シイタケづくりの山小屋がふたつあったそうな。
大きいほうの小屋には、近郷の山師18人がすみこんでおった。小屋にはいると、めしたき場があって、大きいかまと、なべがすえられてあった。そのおくに板間があり、まん中にいろりがほられてあった。

小さいほうの小屋には、女がひとりすみこんでおった。女は、めしたきせんたくなど、山師たちのせわをしておった。この女は、とても気だてがよくて、こまごまとようはたらいた。
ところがこの女、どうしたことか、とりわけみにくい顔をしておったそうな。よめにもいかず、この山おくの男衆にまじってくらしておった。信心ぶかい女で、朝ははようおき、小屋の中におまつりした山の神に、まっさきにサカキをあげ、お茶をそなえておがんでおった。
年の瀬もおしせまったある日のこと、山は雪となって、山師たちは、しごとができなくなってしもうた。雪は、二日も三日もふりつづいてつもった。正月もちかいというのに、山師たちは、宇目の里にかえることもできず、雪の山小屋にとじこめられてしもうた。

4日、5日と日はたった。そのあいだじゅう、雪はさらにふりつづいた。世間話のたねもつき、どぶろくも、のこりすくのうなってしもうた。
今夜も山はしんしん雪。山師たちは、いろりをかこんでおしだまっていた。
「ああ、あ、たいくつじゃのう。」
わかい山師が、あくびしながらいうのをきいて、年よりの山師がいうた。
「どうじやみんな、ひとつ百ものがたりでもやってみらんかえ。百ものがたりをすると、まものがでてくるというが、うそかほんとかためしてみよう。」
山師たちは、おもしろ半分すぐに話にのった。女はやめるようにとめたが、山師たちはきいてはくれん。女は、じぶんの小屋にもどり、なにごともないようにと、山の神をおがんでねた。
山師たちの小屋では、もう百ものがたりがはじまっておった。一本のろうそくに火がつけられた。こわい話がひとつおわって、その火がけされた。2本目のろうそくに火がつけられ、はなしおわると、火がけされた。3本、4本、5本……と火がついて、こわいこわい話がかたられ、つぎつぎに、ろうそくの火がけされていった。

とうとう百本目のろうそくがけされた。きもったまのすわった、さすがの山師たちも、背すじがぞくぞくしてきた。いまかいまかと化け物をまった。が、それらしいものはあらわれん。まちくたびれたかあきらめたか、ひとりふたり、はてはみんなねむってしもうた。

さて、そのころ、小さな小屋でねていた女は、つめたい風にほおをなでられるおもいがして、ふと目がさめた。見ると、あいた戸口に見知らぬ白髪の年よりが立っておって、おいでおいでと手まねきをしておる。女はひかれるようについていった。
年よりは、となりの山師小屋にはいり、めしたきがまをゆびさして、その下にはいれというた。
女が、いわれるとおりかまの下にもぐりこむと、「日がのぼるまで、どんなことがあっても、けっして声をだすなよ。」と、きつういいのこして、雪の中にきえてしもうた。
女は、息をころしておった。と、いりロの戸のすき聞から、白い粉雪が、音もなく、生きもののようにながれこんできて、それが見る間に人間のすがたにかわった。それもなみの人間じゃなかった。かみの毛は、青白い顔をつつんで足もとまでのび、目とまゆは、針金のようにほそくつりあがり、ロは、耳までさけて血のように赤かった。

「雪女郎だ。」
かまの下の女は、つばをのみこんだ。
雪女郎は、板間にねむりこけている山師の上に身をかがめ、ひとりひとりと血をすいはじめた。
血をすわれた山師たちは、雪のように白うなって死んでいった。18人の血をすうてしもうた雪女郎は、まだ人間のにおいがするという顔で、すみずみ見まわした。かまの下の女は、生きた気もちはせんで、ただただ山の神にいのっておった。

そのうち、朝のあかりがぼうっと見えてきた。雪女郎は、またもとの粉雪となって、音もなくきえてしもうた。

半ときほどたった。女はかまの下からはいだした。顔も手足も、すすでまっ黒け。雪の中をひっしでかけおり、村の衆にいちぶしじゅうをはなしてきかせた。
そのあとで、女が、そばの小川で顔をあらうと、これはふしぎ、見ちがえるようなきりょうよしにかわっておった。

村人たちは、この山師小屋のあったところを、吸ケ谷(水ケ谷)とよぶようになったそうな。

          偕成社発行   大分県の民話より

ホームへ戻る