2006年7月7日 ここは天徳寺の本堂で今日は七夕です パノラマンには七夕の短冊のように見えました
ご住職のお話
以前は虫供養のお札を3地区全戸に配ってましたが、最近は農家が少なくなり、
希望者だけ配布するようになりました。民間行事の中にはすたれていくものも
ありますが、始めた当時の人々の思いを引き継ぎながら、形なきものを
仏事を通して、形あるようにしていきたいと思います
施餓鬼棚
堅田郷ではその昔さまざまな形態の「虫送り」が行われていた
虫送り
下城・上城・川原地区の代表者・関係者が天徳寺本堂に集まり 本尊正面の外縁に
施餓鬼棚を設け 読経に続き施餓鬼(せがき)供養・虫送り供養をします
昔は稲の不作原因の第一は、イナゴなどによる虫害だったそうです
田植も終わり、農家が一息ついた時期で蒸し暑い日が続き、稲虫が活動し始める頃
仏の力によって害虫を追い払うため祈願する行事です
サネモリ送り
昔平家の侍大将「斉藤実盛」は戦の最中 稲株につまづいて倒れ討ち死にした
ところが 実盛(サネモリ)の亡霊は稲の虫になって怨みをはらしたという言い伝えから
稲虫の被害を少なくするため 実盛(サネモリ)の怨霊を鎮めるため サネモリに
見立てた麦わら人形を作り、村中総出でこれを担ぎ、鉦や太鼓を打ち鳴らして
田んぼの小径を廻り最後は堅田川へ人形と一緒に害虫を送り出すという
「サネモリ送り」の行事が始まったそうです
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祈祷札の文字 書こうと思ったのですが ??パソコンで出ない文字?? 「おんまにだりうんはった」 と書かれているそうです 虫供養施餓鬼は祀りてのない無縁仏や、この世に 心を残して死んだ人の怨霊は追善供養などされず 魂は巷をさまよい 稲虫となって田畑を荒らすと 考えられ、これらに静かにして貰うため供養するのであるとの事 祈祷札は稲田に立て害虫を仏の力で圧伏させるための ものだそうです 佐伯史談会の五十川千代見さんの 「大越川流域の民俗と信仰」という本より |