竹雛




姫だるま

むかし、岡城(竹田市)の中川のお殿さまに、雑賀勘左衛門というさむらいがつかえちょった。
身分がひくいので、お殿さまからいただくお手あても、わずかしかなかった。
勘左衛門は年じゅうびんぼうしておって、母親をやしなうのさえやっとだったが、年ごろでもあることなので、綾というむすめをよめさんにもろうたんじゃと。さあ、母親とふたりでもおもうようにくらせなかったのに、よめさんがふえたものじゃき、なおのことやりくりがつかん。よめさんの綾はかわいそうに、「お米をどうしよう。おみそをどうしよう……。」と、そげなしんぱいばかりせねばならんかった。

それだけならまだしも、母親がものごとのわからん気もちのきつい人での。
「うちのよめときたら、料理もろくにできん。この年よりのわたしに、かたいものをへいきで食べさせたりする。針をもたせれば、ぞうきんすらまんぞくにぬえん。こまったもんじゃ。朝はなかなかおきんし、見かけによらずよう食べるよめで……。」などと、綾のわるロをしきりにいってまわったんじゃと。けど、綾はそのわる口を耳にしても、むきになったりせず、「おかあさま、おかあさま。」と、かげ日なたなく、ようつくしたんじゃと。

朝もはやくからおきてまめまめしくはたらく綾が、どんなにりっぱなよめさんかは、母親がいくらわる口をふりまいても、きんじょの人たちがよく知っちょった。
「綾さんを見ならわねばいかん。」きんじょの人たちがかんしんして綾のことをほめると、母親にはそれがよけいにおもしろくないのか、家の中で綾にめんとむかって、ずけずけと小言をいうようになった。勘左衛門が見かねて、「いいかげんにしてくださいよ、おかあさん。綾はよくやってくれているではありませんか。」と、かばうと、「おまえたちはふたりして、このわたしを、じやまものあつかいにするつもりだね。」目をつりあげて、かなきり声をあげた。

「ほんとうにこまったおかあさんだ……。」勘左衛門はお城からかえってきても、気がはれなかった。なんとかして、ふたりになかようしてもらいたいのだが、勘左衛門にはどうすることもできん。
(苦労ばかりかけてすまんな、綾……。)
勘左衛門は綾と母親の板ばさみになって、胸をいためておった。
こんなまい日がつづいているうちに、やがて師走の風がふくようになった。師走には、米屋にもみそ屋にも、たまっている借金をはらわねばならんのだが、家には、はらうだけのお金がない。

「おまえのやりくりがなってないから、こんなことになるんだよー」母親は綾にやつあたりした。勘左衛門ほ綾をかばいたかったが、かばえばかばったで、母親はさらにあたりちらすにちがいない。
綾は、勘左衛門がそばにいてくれながら、おしだまっているので、かなしくなってしまい、つい、なみだをぽろっとおとした。すると母親は、「おまえのような役たたずは、はようでてゆけー!」と、どなりたてた。綾は勘左衛門にとりすがったが、「ああ、ふがいない……。」勘左衛門はじぶんのふがいなさをなげいただけで、綾をかばってはくれなかった。綾はなきながら、家をでていったのだが、いまさら実家にはもどれん。

綾がゆくあてもなくとぼとぼあるいていくと、雪がちらついてきた。手も足もすっかりこごえてしまって、もうあるけん。綾はしかたなくでてきた家にもどると、門のまえに手をついて、「わたしがまちがっておりました。おかあさまのおっしゃるとおりにいたしますから、どうか家にいれてください。」と、たのみつづけたが、とうとうききいれてはもらえなかったんじゃと。綾はその晩、納屋ののき下で、まんじりともしなかった。

あくる日は、めでたい正月。綾はふたたび門のまえに手をついてあやまったが、母親は一歩もいれようとせん。綾はまた納屋ののき下にもどって、じつとうずくまっちょった。
そうして、つぎの日のあけがたには、さむさと空腹のあまりにたおれ、こごえ死んだようになってしまったんじゃと。
「たいへんじゃ! 綾さんがたおれちょるぞ!」
そのすがたをきんじょの人が見つけて、大さわぎとなった。雪まみれではこびこまれた綾のすがたに、母親の顔色がかわった。手あてのかいがあって、綾がようやく目をあけると、
「綾、このわたしがいけなかったのだよ。」

母親はうってかわってやさしくなって、勘左衛門ともども、つきっきりのかんびょうをしたんじゃと。綾のまごころが、母親の気もちをかえたんじゃ。勘左衛門も、「身分がひくいことにあまんじて、おつとめをじゅうぶんにはたさなかったわたしもわるかった。
これからは心をひきしめて、おつとめにはげもう。」と、ねっしんにお城のしごとをするようになった。

そのはたらきぶりは、しだいに殿さまのみとめるところとなって、勘左衛門はあたらしい役につけられたんじゃと。手あてもふえたので、米やみそも、らくに買えるようになった。「これもみな、綾のおかげじゃ。」それからというもの、三人はいつまでも、なかむつまじくくらすようになったんじゃと。

竹田で売られちょる姫だるまは、しんぼうのすえにしあわせをつかんだ、綾のすがたをあらわしておるんじゃと。松竹梅のもようの十二単衣をきた姫は、いつ見てもうつくしいもんじゃ。

  偕成社発行「大分県の民話」より   (再話・足立見嘉)

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