山にも、男や女の山があるかち?
それぁ、ちゃんとあるんじゃ。
鶴見岳は女の山でな、それぁうつくしい女の山なんじゃ。
山の頂きあたりには、よく、まっ自な雲がなびいておる。とおくから見ると、まるで女の人がネッカチーフをまいているように見える。
海からふいてくる風で、木の葉がぎわめく。すると、若いむすめが風にかみをなびかせて走るように、いきいきとかがやいて見える。
このうつくしい鶴見岳を、祖母山と由布岳が好きになってしもうた。
祖母山と由布岳ほ、どちらも若い男の山じゃったからな。
由布岳は、すぐ横にならんでいる鶴見岳に、とても親切じゃったし、よくはなしかけた。
祖母山は祖母山で、とおい南のほうからおみやげをもっては鶴見岳のところにかようてくる。
だが、鶴見岳はなんともいわん。静かにわらっているだけじゃ。
ふたつの山は、なんとかして鶴見岳の気もちを自分のほうにひこうと、じまん話をはじめたんじゃ。
「どうだ、このうでは。力ならどんな山にも負けはせん。」
と、祖母山がじまんをすると、由布岳が、
「力はともかく、このすがたを見てほしい。あの富士の山にまさるともおとりはしない。」といいかえす。
だが、鶴見岳は、やっぱりなにもいわん。
やさしくほほえんで、ふたつの山のじまん話を、静かにきいておるだけじゃ。
とうとうふたつの山は、とっくみあいのけんかをほじめてしもうた。
祖母山は、あまりかっこうのいい山じゃねえ。そのかわり、カはばかに強いんじゃ。
「おまえなんか、ひっこんでおれ。」というと、どすんと由布岳にぶつかり、どどど、どどどとおしまくる。
「負けてたまるか。」由布岳も、ぜんしんの力をふりしぼり、顔をまっかにして祖母山をうけとめる。
好きで好きでたまらん鶴見岳を、祖母山に奪われたくはなかったからな。
「おおおっ。」「ううむ。」祖母山も由布岳も、もう死にものぐるいじゃ。けんかは、なん日もなん日もつづいた。
ふたつの山は、ぜんしんあせびっしょり。もう、へとへとになってしもうた。だが、勝負はどうしてもつかんじゃった。
「もう、こうなったらしかたがない。いっそのこと、どちらをえらぶか鶴見岳にきめてもらったらどうだ。」「ああ、いいとも。」
祖母山と由布岳はどちらが好きかを、鶴見岳に決めてもらうことにしたんじゃ。
鶴見岳はこまった。どちらの山も、それぞれいいところがあったからなあ。
祖母山は、力がつよいし、たよりになる。
いっぽうの由布岳は、やさしいし、すがたかたちのとてもいい山だ。
鶴見岳は、やっぱりまよった。かんがえにかんがえたすえに、鶴見岳はけっしんした。
かたちのいい由布岳をえらんだのだ。
「おれは、心のそこから鶴見岳がすきだった。それなのに、なぜ由布岳をえらんだのか。」祖母山は、大つぶの涙をぼろぼろとおとして、なん日もなん日も泣いたそうじや。
やがて、その涙がながれてたまったのが、志高湖なんじゃ。
だが、いつまでないていてもきりがない。
それに、なかよくしている鶴見岳と由布岳に、みじめな姿を見られるのはたまらんかったんじやろう。
祖母山は、鶴見岳や由布岳の目のとどかん、遠い南のほうに去っていってしもうたんじゃ。
そして、だれからも見られんように、からだじゅぅ大きな木をしげらせ、すがたをかくしてしもうたんじゃ。
いっぽう、鶴見岳と由布岳ほ、まい日なかよくくらしたそうじや。あまりにもふたりのなかがあついので、別府と湯布院には、あついあつい温泉がわくようになったということじゃ
偕成社発行 大分県の民話より