このページは赤青メガネでお楽しみください 驚きの臨場感を楽しめます
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大分市鶴崎地区は大野川とその支流乙津川が作る平野部分で1601年(慶長6年)
肥後の加藤領となり、1633年(寛永10年)には細川領となったところです
今日 7月23日はこの鶴崎で「清正公二十三夜祭」が行われるそうなので友人と鶴崎に来ました
管理人が鶴崎で見たかった物があります それは剣八幡宮にある細川藩の波奈之丸の絵です
御座船とは大名が参勤交代で使っていた船のことで 今年の春管理人は佐伯市の
住吉神社で佐伯の毛利藩が使っていた御座船の絵が描かれている奉納板を見た
事にはじまります ここ鶴崎の剣八幡宮には細川藩のの絵馬が奉納されていると
東京 お台場にある「船の科学館」の学芸員の方から聞いていたからなんです
残念なことに社務所が閉まっており見ることは出来ませんでした
下は この剣八幡宮
近くの「毛利空桑記念館」を訪れました
地元鶴崎のお宝が展示しています
千両箱の本物 小判は入っていませんがその重さにしてあるそうなので持ってみました
ここで鶴崎文化研究会の方達が「菊乃家」さんを紹介してくれました
うなぎ料理の菊乃家さんに 御座船の絵があったのです
東京の船の科学館で見た御座船の模型
熊本城天守閣1階にある細川藩の御座船「波奈之丸」の模型と実物の復元(屋形部分)
次に訪れたのは法心寺です
法心寺は慶長6年(1601)肥後(熊本県)のお殿さま加藤清正公によって建立されました
当時、鶴崎は肥後の飛び地になっており、交通の重要なところでした。
参勤交代の時など熊本城を出て、阿蘇を越え、鶴崎の港から出港し、
瀬戸内海を経て海路、大阪・江戸へ向かったのです。
清正着用の鎧や遺品の数々が今でも残っています この鎧は曼荼羅が画かれた
日本に一つしかないという貴重な清正着用の鎧だそうです
大分市指定の名木「いちょう」があり別名「逆さいちょう」といわれ、本堂建立の際清正公が
持っていた杖を地面に突き差したのものが、今の大木となり、枝が逆さに出ているのだという伝説があります
国道197号線の商店街に来ました 変わったお店を見つけました
そろそろ夕方7時 今からこの通りを車両通行止めにします
大きなトラックが道をふさいで
あっという間にステージに
ホームページに載せるよと言ったらポーズをとってくれた若者たち
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祭りの準備 ミキサーさん